「読書の目的は "楽しむもの" であり、自己の成長は二の次」が モットーの 小田やかたです。
本ブログは、読後、すぐに頭に浮かんだ偽りない感想を素直に綴っています。1分で読める分量なので、気軽に読んでいただき、ぜひ、選書の参考にしてください。今回読んだ本はこちら。
ブログや本の原稿を書くときの1つのスタイルとして「これは使える!」と思いました。その書き方のスタイルは、これです。
私は論文や本を書くときに、どうしてもこれは必要だという引用部分をまず打ち込むことにしています。
この後、なぜ、その文章を引用したのか考えます。引用したいと思ったからには何か理由があるはずです。思考の深堀りをしてみれば、そこに自分の考えや意見があるはずです。それを先の引用とあわせて書いていくわけです。
本書の引用を見てみましょう。
引用文を打ち込んだ状態で眺めてみると、なぜその文章を引用したのか、引用する文脈を作らなければなりません。その引用に対して自分の意見を書いていき、次の引用部分につなげていくためには項目を入れ換えて……というように考えていきます。つまり、引用文の前後につなぎのように服を着せていく感じです。
この書き方のスタイルが確立すると、読書する意欲にもつながっていきます。
というのは、本を読みながら、「このフレーズ、どこかで使ってみよう」とか、「何か使えるフレーズないかな」といった感じで、主体的な読書になるからです。
もう1つ、使えるというか気をつけなければいけないな、と思った内容がありました。
それは、一般論ではなく、自分というフィルタを通した、自分の実感や考えをベースにした内容を文章に入れ込むことです。
本書ではこう言っています。
なぜなら、一般論的なものには視点というか、書いている人ならではの目のつけ所がないのです。しかしそこに格差社会を自分が感じたシーンや自分自身の実感がひとつ入ってくるだけで、急にリアルな文章になってきます。そのためには「格差社会はどのような形で存在しているのだろうか。自分の実感で言えば、どの瞬間に格差社会を感じるのだろうか」という問いを立てると、それが自分の問題になってきます。そして、自分の中から選んできたシーンを文章に入れ込みます。それが面白ければ、読んだ人にとっても印象的な文章になるのです。
以上、引用を活用した文章の書き方と、一般論ではなく自分の視点を文章に入れ込む、という2点が私にとっては使えると思った内容でしたが、他にも、「書く」ことだけではなく「読む」ことについても参考になる内容が満載の本でした。
最後、蛇足になりますが、著者の「学問」の定義にグッときましたので、長文になりますが、引用して終わりたいと思います。
私にとって学問とは、物事を見るときの視点が技として身につく、あるいは役立つような武器を手に入れるということです。人が歩いている姿を見ても、あるいは音楽の演奏者を見ても、何を見ても「身体」という切り口でものを見ることができます。あらゆる場面で「身体」に目をつけて見る習慣ができると、他の人には見えないものが見えるようになります。その状態を「身体論が自分の身についた」と、私は定義づけています。
そしてその切り口で世の中を見ていくと、本を読むときもその内容が自分の学問にどう活用できるのかという観点で読むようになるので、たとえば哲学的な本を読んでもその内容と、ヨガに通ったり、指圧を習ったりする実際の経験が結びついてきました。それが私が大学時代にやっていたことです。
つまり高度に知的なものと、実際の実技的なものを結んでいくところに自分のゆらがない「視座」が確立され、他のものを見る見方が変わってくる、そういう勉強の仕方をしてきたということです。学問とは訓練していない人には身につかない、ある種角度のついたものの見方が身につくことであると考えると、とても意味があることがわかります。
この記事は以上です。
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